2016年3月6日日曜日

水の話 その1

行く川のながれは絶えずして~水の話   CRYSTAL  Home 水の話その1 その2 その3 その4 
行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまる例しなし。世の中にある人とすみかと、またかくの如し。(方丈記)
 
方丈記のはじめのこれは名文ですね。それはともかく,何度読み返しても,水というものの性質を如実に表現しているところにも感服します。「ながれは絶えずして、しかも本の水にあらず」まったくその通りで,「水さん,水さん,どちらから来て,どこへいくのですか?」と尋ねても,「本の水にあらず」ですから,答えが返ってくるわけがありません。そう思うと水というのは,横柄で,小賢しく,ヒトを馬鹿にしたようなところがありますね。大雨の後の小川の流れなど,特にそんな表情がありますね。
 
上善若水 水善利万物而不争 (上善は水のごとし 水はよく万物を利して争わず)       (老子)
  結論は,夫唯不争 故無尤 です。 
 同じ水でも藤村となると,孤独のイメージです。千曲川旅情の歌から少し引用してみましょう。

暮れ行けば淺間も見えず  歌哀し佐久の草笛  千曲川いざよふ波の  
岸近き宿にのぼりつ  濁り酒濁れる飮みて  草枕しばし慰む
また,こんなのもあります。

いくたびか榮枯の夢の  消え殘る谷に下りて  河波のいざよふ見れば  
砂まじり水卷き歸る
いざよう というのは流れずに止まるということですが,止まっても流れるのが川の水です。
人麻呂の有名な歌にも,ありました。
もののふの八十宇治川の網代木にいさよふ波のゆくへ知らずも(もののふの やそうぢかはの あじろきに いさよふなみの ゆくへしらずも)(2-264) 
水底の歌という訳じゃありませんが,怖い水のイメージ。
何か悪意でも懐いているかのように,押しかぶさってくる水が魂をおさえつけ,あの果てしない,広々とした,大気の戯れる水面にどうしても浮きあがらせてくれない。(シェイクスピア「リチャード三世」)(福田恆存訳,新潮世界文学2,p.494[Ⅰ-4])
リチャード三世に殺される兄のクラレンスがロンドン塔内で,悪夢について語る台詞です。原文は次のようになっています。少し前から引用すると,
 Clar.  Methought I had; and often did I strive
To yield the ghost; but still the envious flood
Stopt in my soul, and would not let it forth  40
To find the empty, vast, and wandering air;
But smother’d it within my panting bulk,
Which almost burst to belch it in the sea.
The Tragedy of King Richard the Third Act I. SceneIV.
The Oxford Shakespeare.  1914.
という具合です。
   次は,ヘレン・ケラーから。
I knew then that "w-a-t-e-r" meant the wonderful cool something that was flowing over my hand.
Helen Keller“The Story of My Life”
 
蛇は水を飲んで毒をつくり,牛は水を飲んで,乳をつくる。
明恵上人(日本の名著5 p.389)
 
冰水為之 而寒於水(冰は水これを為つくりて而も水より寒つめたし)  
 荀子(世界の名著10 p.271)
                             
 ‘He's comming up’,he said. ‘Come on hand. Please come on.’  The line rose slowly and steadlily and then the surface of the ocean bulged ahead of the boat and the fish came out. He came out unendingly and water poured from his sides. He was bright in the sun and his head and back were dark purple and in the sun the stripes on his sides showed wide and a light lavender. 
Hemingway ,“The Old Man and the Sea”,(Penguin) p.54

春はあけぼの。やうやうしろくなりゆく山ぎは、すこしあかりて、むらさきだちたるの細くたなびきたる。

夏はよる。月のころはさらなり、やみもなほ。蛍の多く飛びちがひたる、また、ただひとつふたつなど、ほのかにうちひかりて行くもをかし。など降るもをかし。

秋は夕暮れ。夕日のさして山の端いと近うなりたるに、からすの寝どころへ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど飛びいそぐさへあはれなり。まいて、雁などのつらねたるが、いとちひさく見ゆるは、いとをかし。日入りはてて、風の音、虫の音(ね)など、はた言ふべきにあらず。

冬はつとめて。の降りたるは言ふべきにもあらず、のいと白きも、またさらでも、いと寒きに、火などいそぎおこして、炭もてわたるも、いとつきづきし。昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、火桶の火もしろき灰がちになりてわろし。  「枕草子」 (第一段)
 
たえぬるか影だにあらば問ふべきを かたみの水は水草(みくさ)ゐにけり  「蜻蛉日記」
 
秋のけはひ入り立つままに、土御門殿の有様、いはむかたなくをかし。池のわたりの梢ども、遣水のほとりの草むら、おのがじし色づきわたりつつ、おほかたの空も艶なるにもてはやされて、不断の御読経の声々、あはれまさりけり。やうやう涼しき風のけしきにも、例の絶えせぬ水のおとなむ、夜もすがら聞きまがはさる。 「紫式部日記」(冒頭)
 

西の山の麓に、一宇の御堂有り、即寂光院是なり。古う作りなせる山水木立、由ある樣の所なり。「甍破れては霧不斷の香を燒き、とぼそ落ては月常住の燈を挑ぐ。」とも、か樣の處をや申すべき。庭の夏草茂り合ひ、青柳糸を亂りつゝ、池の浮草浪に漂ひ、錦をさらすかとあやまたる。中島の松に懸れる藤波の、うら紫に咲る色、青葉交りの晩櫻、初花よりも珍しく、岸の山吹咲き亂れ、八重立雲の絶間より、山郭公の一聲も、君の御幸を待がほなり。法皇是を叡覽有て、かうぞ思召しつゞけける。
池水にみぎはの櫻散りしきて、浪の花こそ盛なりけれ。
ふりにける岩の斷間より、落くる水の音さへ、ゆゑび由ある處なり。緑蘿の垣、翠黛の山、繪にかくとも筆も及びがたし。女院の御庵室を御覽ずれば、軒には蔦槿はひかゝり、しのぶ交りの萱草、瓢箪屡空し、草顏淵之巷にしげし、藜 でう深鎖せり、雨原憲之樞をうるほすとも謂つべし。杉の葺目もまばらにて、時雨も霜も置く露も、漏る月影に爭ひて、たまるべしとも見えざりけり。後は山、前は野邊、いさゝをざゝに風噪ぎ、世にたえぬ身の習ひとて、うきふし繁き竹柱、都の方の言傳は、間遠に結るませ垣や、僅に事問ふ物とては、嶺に木傳ふ猿の聲、賤士がつま木の斧の音、是等が音信ならでは、正木の葛青葛、來人稀なる所な り。 「平家物語」(大原御幸)
 
神無月の頃、栗栖野といふ所を過ぎて、ある山里に尋ね入る事侍りしに、遥かなる苔の細道をふみわけて、心細く住みなしたる庵あり。木の葉に埋もるゝかけ樋の雫ならでは、つゆおとなふ物なし。閼伽棚に菊・紅葉など折りちらしたる、さすがに、住む人のあればなるべし。 「徒然草」(第11段)
 
「仏に供える水の器を置く閼伽棚(あかだな)の語源はサンスクリットで,ラテン語の aqua と同根である,などと今だに書く人がいるが,これはとんでもない妄説である。」小林標「独習者のための楽しく学ぶラテン語」(大学書林,平成4年初版)(平成5年,第5版)p.37
 
アントニー:雲を見ていて,時にはそれが竜の形に見えることがある,その同じ塊(かたまり)が時にはまた熊にも獅子にも見えてくる,聳え立つ砦,落ちかかる巌,峨々がたる尾根のうなり,樹々に蔽われた岬の青と,その時々に形を変えて下界を見おろし,大気を隔てて人の目を欺く。お前もそれを見たことがあろう,皆,暮れそめるたそがれ時の絵巻物なのだ。  シェイクスピア,福田恆存訳「アントニーとクレオパトラ」(新潮世界文学1)p.627,Ⅳ-14
 
 
「海水のほうが表面張力が小さいから泡ができやすいのだ。このことは海辺に棲むアメンボと川辺に棲むアメンボの大きさを比べればわかる。」(池内了「泡宇宙論」早川文庫,1995
 
 
 

講談社のブルーバックスにある,久保田博南「8ヵ国科学用語事典」は何かと便利な本である。水についてはp.74に書かれている。カタカナで読みも記されているので,そのまま記しておこう。
中国語水シュイ
英語waterウォーター
ドイツ語Wasserヴァッサー
フランス語eauオー
スペイン語aguaアグア
イタリア語acqaアックワ
ロシア語вода ヴァダー ウオトカもこれからきていて,водкаヴォートカは,「かわいい水」という意味だそうです。
 
研究社の,田中秀央編「羅和辞典」から水aqua (女性名詞)の使用例を見てみましょう。cはkの発音で,ローマ字式に読んで下さい。
aqua  lustralis聖水
aquae  haustus没水役権
aqua  ammoniaeアンモニア水
aqua  armeniacae杏仁水
aqua bromateブロム水(臭素水のことです)
aqua  calcariae 石灰水
aqua  chlorata塩素水
aqua  cinnamomi桂皮水
aqua  communis常水
aqua  cresolicaクレゾール水
aqua  destillata蒸留水
aqua  floris  aurantii橙花水
aqua  foeniculiウィキョウ水
aqua  formalinataホルマリン水(ホルマリンといったら,ホルムアルデヒドの水溶液のことですから,水の字は余分ですね)
aqua  menthae 薄荷水
aqua  phenolataフェノール水
aqua  phenolata  pro  disinfectione防疫用フェノール水(大袈裟な!, 消毒用ということですね)
aqua  regia王水(金,白金を溶かす,濃塩酸と濃硝酸の混合物,体積比で3:1)
aqua  rosaeローズ水(ばら水)
 
  次はaqua の派生語
aquaeductus水道,導水管,水道設備権(水利権のようなものでしょうか)
aqualis 水がめ
aquarium水族館,水槽
aquarius(形)水の
aquarius水道課長,水道監督官,宝瓶宮,水瓶座
aquaticus(形)水中にある,水の,湿気のある,ぬれた,aquatilis
aquatio水とり
aquator水とり(者)
aquatus(形)水質の
aquiherbosa水生植物
aquola僅かな水
aquor給水する,水をもってくる
aquosus(形)水が充ちた,水の多い,雨天の,湿気の多い
aquula小川,細流れ
 
 
旺文社 国語辞典(第八版)     みず【水】水素二と酸素一の割合で化合した液体。純粋なものは無色・無臭・無味。(以下略)
 
旺文社 国語辞典(第八版)水至りて渠と成る,水があく,水清ければ魚棲まず,水と(に)油,水に流す,水になる,水の泡,水の滴るよう,水の低きにつくがごとし,水は方円の器に随う,水も漏らさぬ,水をあける,水を打ったよう,水をさす,
 
「水掛け論」というのは「我田引水」とは少し違いますが,自分の主張ばっかり言って,話し合いが解決しないときなどに言われます。
「水掛け合い」とも言って,子供が互いに水をかけあう遊びから来ている,とう説や,狂言「水掛婿」にある互いに少しでも自分の田へ水を引き込もうとして争うことに由来する説もあるそうです。(学研,「日本語『語源』辞典」,2004)相手に水を掛けるのだったら,相手の欠点ばかりを指摘するということから,派生しないと,ちょっと理解できませんね。それから自分の田へ水を入れるのに相手に水を掛ける必用はありませんね。海で水掛遊びをすると,どうせ濡れてもいいのだから,勝負がつきません。こういう雰囲気ならわかりますね。
 
 
水の異常性,水の特異性
水はありふれているのだから,水こそ標準で,他の物質こそが異常なのだと考えればよさそうなものですが,「多くの」物質と比べると,水の性質は特別なのです。でも,全然違う物質と比べても,違うのが当たり前だから,何をもって異常だというのかというと,分子量や,結合形態などの類似の物質と比べて,という意味です。このようなことは,K・S・デイヴィスらの「水の伝記」(p.10)にも書かれております。
  
固体,液体,気体の三態を観察できる。(気体は見えないけれど・・)そんな物質,他にありますか? あってもあまり目にしないのかもしれない。
比熱が大きい。(暖まりにくく,さめにくい・・・湯たんぽとして利用された)日夜で温度変化が小さい。
固体が液体に比べて密度が小さい。多くの物質が,固体,液体,気体と密度は小さくなってしまいます。
多くの物質をよく溶かす。 
  
 
 
常温(25℃)で液体の物質を捜してみましょう。思いつくままに。普通は物質の結合による分類によるのですが,ここではそんなことは無視して。
 
物質名化学式原子量,分子量融点(℃)沸点(℃)密度  
H2O1801001.0  
水銀Hg200.6-38.87356.5813.546  
臭素Br2159.8-7.258.783.1226  
酢酸CH3COOH6016.6118.11.069  
メタノールCH3OH32-97.864.50.792  
エタノールC2H5OH46-117.378.50.789  
        
こうして少しの物質を比較してみるだけでも,液体の物質はかなり分子量が大きいということがわかります。
 
固体と液体の密度
固体が液体に浮くの物質に,水の他に,ダイアモンド,ケイ素,ゲルマニウムがある。(カウズマンら,「水の構造と物性」p.75)
 
 
ここで少し水の具体的性質について調べてみましょう。 最初は,大木道則・他共編「化学データブック」(培風館,1970) のp.21から 融点 0[℃],沸点100[℃],結合エネルギー H-X  111kcal/mol ,原子間距離 H-X 0.96Å,結合形 共有結合   ということです。
また,p.55には 角(H-O-H) 104.5° とあります。
 

水では,「O‐O平均距離は約2.75Å,Hはその中間にあってH‐Oは約0.97Å,水素結合により分子間にも弱い相互作用がはたらき,H…Oは約1.8Å」。また,「氷における酸素原子の位置は1個のOに対して4個のOが2.76Åの位置にある」岩波書店「理化学辞典」第5版CD-ROM版,1999)
 
さらに精密なデータは,気体の水でO-H間距離は,0.9579Å,すなわち0.09579nm,結合角H-O-Hは,104.500°です。(荒田洋治「水の書」)
 
水素結合と水の性質
水は多数の水分子が集まって,われわれが知っているような水になります。これは他の物質でも同様で,一つの分子だけ独立に存在していても,その物質の性質を示すものではありません。そして,その分子どうしは,分子間力という相互に働く弱い力によって互いに固体,液体では,くっついております。それが,水の場合には,分子間力が他の物質に比べて異常に大きいことがわかっております。それで,この力を別の原理から説明しようとして提案された力が,水素結合というものです。水分子はH-O-Hと,いうように水素と酸素が共有結合で結合しております。このなかの1つの水素原子が隣の水分子の中の酸素原子と電気的引力で引き合います。これが水素結合と呼ばれるものです。
 

氷の構造

 氷は正四面体構造をとっているといわれている。これはどういうことかというと,ちょうど,メタン分子のように,O原子が配置されていると考えるとわかりやすい。すなわち,メタンの炭素原子が正四面体の中心にあり,各頂点に水素原子があるのだが,この5個の点をすべて,水の酸素原子の位置にするのである。繰り返すと,メタンの中心にある炭素原子,そして4個の水素原子の位置に水の酸素原子を置こう。

 次ぎに,水の水素原子の位置を考えよう。水はH-O-Hであるから,ひとつのO原子に2個の水素原子が結合している。したがって,各酸素原子から2個の水素原子が出るわけであるが,真ん中よりも短い距離にそれはある。そして,酸素-酸素間には水素原子は1つだけ入るようすれば,これが氷の中での水分子の配置となる。酸素-酸素間に入った水素原子のうち,酸素から短いほうが酸素-水素の共有結合であり,酸素から長いほうが,水素結合ということになる。重水の中性子回折の実験から,酸素-重水共有結合は1.01Å,酸素~重水水素結合は1.75Åであるとわかった。この水素結合は,普通,破線で書かれる。したがって,O-H…Oのように書くと,O~O間が2.76Åということである。

 このように,水の中の酸素原子はメタンの中心にある炭素原子のように4方向に結合の手があることになるが,そのうち2個が自己分子中の水素原子との共有結合,残り2個が他分子中の水素原子との水素結合をしているわけである。  参考:ライナス・ポーリング著,小泉正夫訳「化学結合論入門」(共立出版,昭和43年。昭和51年9刷),p.249 
 
 
水1個(1分子)の占める体積
水の分子量は18ですから,18gが1mol,すなわち6.02×1023 個となります。水の密度は1.0g/cm3 だから18cm3ですね。これから,水1個当たり,3Å四方の立方体ということになりますね。これが気体になると273K(0℃)で33Å,373K(100℃)で37Å四方ということになります。O-H間距離が約1Åですから,気体になると相当離れているといってもよいですね。ですから,水(液体)は隣り合っている,水蒸気(気体)では,孤立して単独の水分子として存在している,ということになりますね。