2015年12月2日水曜日

夕凪亭閑話(2005.4.7~ 2005.9.18)



2005年4月7日
 またまたご無沙汰してしまった。いつの間にか桜がほころびはじめた。それにしても最近では珍しいくらい遅い開花ではなかろうか。
 この間,剣山から室戸,宍喰の旅。それからまた,別の日に室戸から高知,高知から足摺をまわっって宿毛,宇和島と周遊した。いろいろ書いておきたいのだが,今日はそのうちのひとつのみ。
 高知県の大正町については,町ぐるみのパラグアイ移住の話のついでにどうしても触れておかなければならないところである。すなわち,沼隈町の町ぐるみ移住に刺激されて,似たような動きをおこしたのが大正町なのである。だから,パラグアイのフラムには沼隈町と並んで大正町というのもあった。その高知の大正町にもいつか行ってみたいと思っている。先日,窪川に寄ったとき,聞いて,大正町には20分くらいでいけるということだった。このときは時間がなかったので行かなかったが,いつかぜひ行ってみたいと思っている。

2005年4月10日
  春爛漫である。いや,これでは初夏だ。桜は満開である。紫色の木蓮もあっという間に開いてもう散り始めている。
 愛車ストリームを駆使して四国の山野を駆けめぐり,昨日八十八カ寺巡りの四国遍路を結願した。はじまりが南国土佐の国分寺で,本格的に回り始めたのが讃岐の観音寺。後はだいたい番号通りに回り,昨日讃岐の大興寺で納経帳に88番の御朱印が完了した。桜の舞う讃岐路は絶景であった。
 今日は昨日の疲れで,午前中買い物から帰って昼まで寝てしまった。午後は,二階の旧書斎を完全に引き上げた。この旧書斎というのは,廊下の突き当たりにあった半畳の押入と天袋を解体して,そこをパソコン台にし,一畳ほどとって扉をつけた,コックピットのような空間であった。両側につけた本棚は居ながらにして手が届き,ある意味では便利であった。小さな窓には窓用クーラーをつけ,扇風機を置き,冬にはファンヒーターを入れ,まさに立錐の余地もないほどの空間であった。その後,方丈の四畳半に移り,昨年の11月25日から,今の夕凪亭に移った次第で,このへんのことは以前に書いた。その一畳半は窓を覆い暗くして物置兼書庫になった。少し本棚を壊したので,通りやすくはなった。窓用エアコンはそのまま置いてある。今日のような暑い日にごそごそするにはちょうどよい。
 四国の深山幽谷の中で,毎日庭の掃除をしながら過ごせたら,さぞかしいいだろうなあと思う。暑ければクーラーを入れ,寒ければファンヒーターで暖め,そして穏やかな気候のときには野に出て木々の香に浸る。そういう生活を夕凪亭閑人は望む。似たようなことはしているがただ場所が深山幽谷とはほど遠い。
 理想とするのは,老子と安藤昌益である。この前,史記を読んでいて,老子がいいと司馬遷も書いてあった。老子は昔から憧れていたので,たくさんあると思っていたが,世界の名著くらいしかなかった。今日は昔読んだ岩波新書の「諸子百家」の老子のところを読んだ。・・・いいなあ。

2005年7月29日金曜日
 月日は巡って,土用の丑の日も過ぎ,もう七月もあとわずかである。
 時々ホームページのことが話題になると,内心更新しなければ,と思うが,なかなかできない。習慣という人もいるが,要は勢いである。
 暑さの夏に身も心も枯れ葉のように萎んでしまった。夏ばてという言葉には,縁が無く,食欲は一向に衰えない。そこで,朝の散歩をまたやることにして一週間ほどたった。1時間ほど歩いたこともあるが,なかなか時間がとれない。
 5時前,夜明け前に家を出る。雑木林の近くまで行くと,やや情緒の欠けた鶯の声にまざって蝉の声がさわやかに木霊する。日中の暑気に比べたら,極楽である。近くのアスファルトの上には夜の間に舞っていた蛾の死骸を食べに雀が寄ってくる。燕が電線で休んでいる。まことに早朝の夏は優雅である。夜歩くと時々ミミズクがホウホウと鳴いて活動を開始する。そのミミズクも,もう寝るころだろうか。山鳩やカラスはまだいない。少し早いせいか。
 日が昇ると,暑い夏の蝉は耳を聾するようで,まことに勇ましい。蝉の多い年と少ない年がある。暑さか。雨か。それとも七年前の気候か。よくわからないが,今年だけで想像するに暑さである。今年はほとんどがクマゼミである。ごくわずかだが,アブラゼミもいる。ツクツクホウシやニイニゼミが見あたらない。ミーンミーンミーンミイィンと鳴くのはミンミンゼミだと思うが,あれはこのへんにはいない。
 夕凪亭のまわりの築山には,カナヘビが出没。カナヘビというのは蛇のことではない。わかりやすく言うとトカゲのことである。我々がトカゲと呼んでいるものには大雑把に分けて2種類あるようである。1つはトカゲで,あの青いきらきらした色が何とも言えずおぞましい。もうひとつがカナヘビで茶色のトカゲと言えばいいだろうか。正確にはニホンカナヘビというそうである。(足が4本なのにニホンカナヘビとはこれ如何。ニホンカワウソと言うが如し。)

2005年7月30日土曜日
 昨日はほんのスズメの泪ほどの雨が降ったが,今日はさらに降って,庭の木々の色もいっそう鮮やかである。今朝も払暁4時40分に,まだ暗いのも承知で朝の散歩に出た。5メートルも行かないうちに,早起き蝉の小さな声を消してザーと近づいてくる不気味な音。雨だった。慌てて小走りにユーターン。まるでスコールではないか。これも異常気象か。
 地球温暖化の結果として,海面の上昇,病害虫の北上と熱帯病の北上が考えられる。さらに,異常気象がある。極端に暑くなったり寒くなったり,台風が頻繁に襲ったり,集中豪雨が来たりと,既に温暖化の影響が現れている。
 温暖化が避けられないのなら,残された方法は一つ。北に向かって移住することだろう。思えば人類はアフリカ大陸で誕生し,より快適に暮らせる土地を求めて移住してきた。その流れは今も終わったわけではない。狭い日本列島だが,少しでも東へ,そして少しでも北へと,移ることがいいと思う。
2005年7月31日日曜日
 4時50分から山のほうを歩いた。ツクツクホウシの鳴き声が聞こえる。小鳥もたくさんいる。日に日に夜明けが遅くなっていく。
 やっとまとまった雨が降った。ほんとに久しぶりだ。しかし蒸し暑い。サルスベリの赤い花が可憐に咲いている。百日紅といわれるだけあって,これから三ヶ月近く咲く。去年の秋,ゲッケイジュとともに植え替えて,かろうじて芽がでていたものの,枯れた様子だったのが,今春芽吹いた。花は無理だろうと思っていたが,1本の枝にだけ花が咲いて健在ぶりを示している。もう大丈夫だろう。しかし,ゲッケイジュのほうは葉が枯れて落ちたまま,芽は出ない。未練がましく枯れ枝は抜かずにおいてある。・・・期待できそうにないが。

2005年8月7日日曜日
  ミンミンゼミがいました。ツクツクホウシもいました。・・・今朝は5時過ぎての散歩で,かなり明るくなっていたからそのせいかもしれません。それに,今朝は湿度も低くさわやかな気候だったので,昆虫の活動も変化したのかもしれませんね。早くから囀っているのは,ヒヨドリのようです。

2005年8月22日月曜日
 お盆を過ぎると,例年のように暑さが和らぎます。朝夕の気温が少し下がり,あの不快な猛暑から解放されたようです。去年は数度の台風に襲われましたが,今年は台風はあまり来なくて安心しております。でも,水は心配ですね。今日届いたNewton10月号も水の話ですね。水のことは,そのうち,別項目で書いてみましょう。
 永積昭「東南アジア歴史散歩」(東京大学出版会)というのを読みました。僕自身の無計画な読書では,どうしても西高東低,すなわち西洋が多くて東洋が少なくなりますので,普段使わない部分の脳を少し活性化できました。インドネシアについては,小学校の4年生か5年生頃,各班でいろんな国を調べたとき,僕たちの班では,インドネシアを担当して,自由自在とかいうような,普段見ることのない参考書を模造紙にマジックインキで写して発表したのを覚えています。当時は,宿題を家でやるようなことも希なら,参考書を見るというのも珍しいことで,教科書以外の知識に触れるということが,とても新鮮に感じられました。ということで,インドネシアというと,今でも特別の思いがありますが,何しろ西高東低ですから,インドネシアについて書かれた本はほとんで読んでおりませんので,インドネシアがでてきたときには,半世紀も前(少しオーバーですが)のフレッシュで未来に開けたあのころを思い出しました。・・・言うなれば,帰らざる日々ですね。
 それに引き替え,という意味ではないのですが,人生の末路を見る目も身につけたいものだと思っております。「世界の名著」の続7は「ヘルダー,ゲーテー」です。その中のゲーテの文学論中の「シェイクスピアの日に」の巻頭に,「すべての人は,何をおいても生きようとだけ願う。あれほど憧れ望んだ目的に到達できる人は誰もいない-途中はまだどうやらうまくいっていても,結局は,しかも時には憧れの目標を目の前にしながら,誰が掘ったとも知れぬ墓にころげ落ち,無に期してしまうのだ。」(p.299)と書かれております。あの偉大なゲーテーさんすらこうですからね,まして・・・。若き日の夢が実現できなくても,まあ満足して死にましょう,という悟りにも似た境地になりますね。さすが,ゲーテーさん。

2005年8月23日火曜日
 台風の影響か朝から曇っています。セネカに「人生の短さについて」というエッセーがあります。原題はDE BREVITATE VITAEというものです。岩波文庫に翻訳があります。最初のあたりですが次のような名文があります。「しかし,われわれは短い時間をもっているのではなく,実はその多くを浪費しているのである。人生は十分に長く,その全体が有効に費やされるならば,最も偉大なことをも完成できるほど豊富に与えられている。」(茂手木元蔵訳,岩波文庫p.9)原文では,Non exiguum temporis habemus, sed multum perdidimus. Satis longa uita et in maximarum rerum consummationem large data est, si tota bene collocaretur; となっております。ついでながら,よく言われる人生は短く芸術は長し,というのが少し前のほうにあり,"uitam breuem esse, longam artem".と引用されております。ギリシアのお医者さんであるヒッポクラテスの言葉だそうです。セネカといえば,暴君ネロを思い出します。ネロと並んで出ていた映画は,「クォ・バディス」か「ベンハー」かもう忘れましたが,今度見る機会がありましたら注意しておきましょう。

2005年9月18日日曜日
 秋の訪れをやっと感じることができるようになった。とはいえ,もうしばらく前から夜の公園では秋の虫の大合唱で,一足早く秋にはなっていたが。台風と,残暑で閉口していたが,やっとここ二三日朝夕が涼しくなった。寝る前に全ての戸を閉めている。夕凪亭は梅雨前からずっと締め切り,部屋に入ると冷房を効かせて同時に除湿した。窓を一度も開けなかった。おかげで本の上に着く埃が減った。もう冷房もあまり必要としない時のほうが多いが,除湿のために時々入れることにしている。
 先日某大型書店に行く機会があったので,書棚を眺めていると,フランスドイツの本が安くなりました,とあったので手にとってみると,確かに安い。ReclamでMarxのManifestとHeideggerのUrsprung des Kunstwerkes。Que sais-je? のSartre,それからfolio版のAlain のProposを衝動買いしてしまった。帰って某インターネットショップで値段を比較してみた。Reclamはネットのほうが安い。
 ARAKANGELというところから,Shakespeareのドラマ仕立てCDが出ていた。前からこういうのが欲しいと思っていて,CDになったら買うことにしていたので,試しに1つ買った。 今回は店頭にあったものの中からThe Merchanto of Veniceにした。やはりネットの某ショップのほうが安い。本文はPenguinに対応しているようである。手元にはOxford版のComplete Worksがあって,活字は小さいけれど役に立つ。オンラインテキストもあるし。
 昨日の中国新聞にラパス入植50周年祝賀会の記事があった。沼隈移住団の第一陣は,昭和31年(1956)10月7日沼隈町出発,10月15日神戸港出航であるから,50周年というのは入植地(当時はフラム)の50周年ということだろう。ラパス市長の宮里さんは第一陣の渡航者である。多くの方が他へ転出してあるので,沼隈移住団の数少ない証人である。出発のときの写真がアサヒグラフ1956年10月21日号に掲載されている。ということで,沼隈移住団にとっては来年が50周年である。フラム植民地は1955年に佐賀県のE氏家族以降,北海道,千葉,宮城などから移住し,そこへ大挙沼隈移住団,さらに高知県大正町などから入植した。[10月16日と書いてあるものも見かける。広島県移住史通史編p.610にそうなっているが,p597,599では15日となっている。]
 三輪明宏さんのディナーショーのポスターを見た。6月に観た「黒蜥蜴」が素晴らしかったので,もう一度,と思ったが,ディナーショーなので,見送ることにした。