2015年10月1日木曜日

青木城の落日 ー村上吉充と村上水軍の終焉ー

いんのしまみち しげいみち

はじめに
南朝の遺児たちが西国、瀬戸内海の片隅で曲がりなりにも力をつけたときには、既に南北朝の対立は不明確なままに解消し、もはや戦うべき相手はいなかった。しかし、その先祖の血を引く者たちは、海の強者として、自らの世界を切り開いていた。
南北朝の混乱に続く動乱の時代で、守護大名が戦国大名と呼ばれる頃には、その一翼を担い、水軍として活躍した。しかし、その戦国大名の一翼であったが故に、敗者の側の悲運に見舞われた。すなわち、水軍の時代は終わった。
重井青木城主村上吉充は、因島村上氏6代頭首として、「因島村上水軍」を確立するとともに、また、その幕を引いた人物である。それは因島村上水軍の最後の光芒であった。