2015年10月25日日曜日

因島重井町 正光寺

しげいみち

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重井四廃寺のひとつである正光寺は馬神の南端にあった。焼香寺とも書かれ、焼香寺山と呼ぶ人もいる。
私が前に思っていた位置よりも西のほうだというご指摘をいただいたので、少し修正した。また島四国高照院の隣が墓地の跡とも言われるが、やや距離がある。

















しげいみち

2015年10月24日土曜日

尾道市向島町 重楽寺

のみち
*****地図*****
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2015.10.7.14:21。


2015.10.7.


2015.10.7



のみち

尾道市因島重井町 白滝山 西側三大師南五百羅漢 

白滝山リンク集


三大師座像の背後に南へ向かって背中合わせの五百羅漢像が43体ある。西側のものを三大師の側から南へW1,W2・・・W43とする。 



 










W2
「峯松五郎左衛門」
W6
「峯松源八」

白滝山リンク集

トランペット鼓隊 歴史

小学校史研究



1965昭和40年鼓笛隊 結成 

1996平成8年10月国民体育大会開会式にトランペット鼓隊出場

2003平成15年11月因島市制50周年記念式典アトラクションにトランペット鼓隊出場 

2005平成17年12月土生町生活安全モデル地域指定街頭パレードにトランペット鼓隊出場 

2010平成22年 3月安西工業よりトランペット 18 本寄付 修理費用代寄付 

因島・重井村四国85番八栗寺


重井村四国八十八カ所
*****地図*****
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85番 五剣山 八栗寺 聖観世音菩薩 真言宗大覚寺派 
煩悩を胸の智火にて八栗をば 修行者ならで誰か知るべき 
おん あろりきゃ そわか 
丸山。丸小山の東。文字確定。「八栗寺」






 

2015.1.10.丸小山の東。
 つぎ 志度寺
まえ

因島・重井村四国86番志度寺

重井村四国八十八カ所 しげいみち




86番 補堕落山 志度寺 十一面観音 真言宗善通寺派 
いざさらば今宵はここに志度の寺 祈りの声を耳に触れつつ 
おんまか きゃろにきゃ さわか 
丸山。丸小山道からさらに東へ。文字確定。「八十六ばん 志度寺」
峰松孝好氏宅前。
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文字「八十六はん  志度寺」 湯のみの右に「志」

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2015.10.24.
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2015.1.21.

2015年10月23日金曜日

昭和30年代資料

小学校史研究

19560118新聞記事














小学校史研究

末広講の夢 ー重井村四国八十八カ所ー


                   末広講の夢 ー重井村四国八十八カ所ー
                            双書:いんのしまみち  第1集
                  著者:住原俊治、柏原林造
                  発行:2015年11月25日
                  発行者:白愛会

はじめに

重井村四国88カ所の調査報告は、川口・焼酎屋の柏原清氏の資料をもとに、久保・角恵屋の村上安弘氏がまとめられた重井の石造物別冊「重井村四国88カ所」がある。これを参考に、再調査した。 


お遍路さんと言えば四国八十八カ所札所巡礼を思い出し、観音さんと言えば西国三十三観音巡礼を思い出すとともに、地元にあるそのミニチュア版を連想される人も多い。


特に、因島では、大浜灯台の1番から重井八幡神社上の88番までほぼ島内一周を巡る札所が整備され、「島四国」「新四国」として、島内はもとより周辺近島にも有名であった。巡礼の人波はかつては早春の島の風物詩であったことは周知のことである。その札所のお堂もよく整備され、地元の人たちの協力で維持されている。
この島四国に対して四国4県の弘法大師ゆかりの寺を巡る、四国八十八ケ所霊場のことを「本四国」と呼んで区別している。


重井村四国


島四国とは別に、小さな祠や地蔵さんが島内各所の路地にはある。これらの多くにも四国霊場のように番号と寺名などが彫られてある。これらはたいていが、その村内で完結するように構成されており、村四国と呼ばれてきた。重井の他、中庄、外浦、田熊に多い。
重井の村四国について重井町史年表には、以下のように書かれているから、幕末期に建設されたことがわかる。


1816文化13年 近隣島々に四国八十八所御本尊を勧請。白滝山頂に祭祀。
1847弘化4年 末広講結成(願主 村上貞兵衛)
1850嘉永3年 重井村四国八十八カ所霊場建設(伝承)。(村四国)


また、三庄で刊行された「ふるさと三庄」には、


明治四十五年(一九一二)因島重井の大師講連中の発起で島内八十八ケ所に堂宇を設立し、大師入寂の旧三月二十一日を期して巡拝を始めたのが始まりである。
松本賢編、「ふるさと三庄」、三庄老青会連合会、昭和59年、p.37


と記されている。このことからも、重井村民の大師信仰の篤さが想像される。
なお、島内では前期のほか、三庄明徳寺山四国や三庄善徳寺内と因島公園鯖大師周辺に八十八ケ寺を配して、お参りできるようになっている。





また西国33観音霊場を勧請したものとして、


白滝山西国三十三観音札所
細島三十三観音
三庄観音寺三十三観音
三庄奥山三十三観音(ここには複数のものが混在している) 
中庄金蓮寺境内三十三観音
大浜福泉寺境内三十三観音
また椋浦金蔵寺跡には三体の三十三観音があるが実体は不明である。


また、因島周辺の島では、
生口島四国八十八カ所
生口島薬師寺一日島四国八十八カ所
佐木島四国八十八カ所 洲ノ上三十三観音
生名島四国八十八カ所
生名島立石山三十三観音
向島四国八十八カ所
向島地蔵院境内三十三観音
岩子島四国八十八カ所
弓削島四国八十八カ所
佐島四国八十八カ所
岩城島四国八十八カ所
岩城島浄光寺三十三観音


他に
笠岡市神島四国88
小豆島四国88
大島四国88
などが有名である。 


末広講

末広講の石碑が善興寺境内にある。

奉納四國中霊場 當村末廣講五百七人 願主村上貞兵衛 弘化四年 未三月吉日
と正面に彫られている。
驚くのは、五百七人という数である。




2015年10月20日火曜日

因島 白滝山 十六羅漢像

因島白滝山リンク集



北向きの釈迦三尊像の左右両側に5体ずつ十大弟子の立像があり、その立像と直角に8体ずつ座像があり、向き合っている。下の図では上が東。
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東の8体、西の8体。

総覧197 十六羅漢像。十六羅漢座像、東側の8体。西向き。北向きの立像は含まない。
 左(北)からE1・・E8とする。
E1 「九番」
E2  「十四(?)番」 右横「峯○○正」
E3 「十支(?)」これは「十五」か?
E4 「十二番」
E5 「十一番」  右横 「柏原吉正」
E6 「十四番」  右裏 「柏原直吉」
E7 「十六番」
E8  「十三番」

東側の土台の東面。「川口 十兵衛」。これは丸本屋。従って、寄附録も「重兵衛」ではなく「十兵衛」とすべき。

十六羅漢座像、西の8体。東向き。
西の8体
左(南)からW1・・W8とする。
W1 「一番」
W2 「二番」
W3 「三番」
W4 「四番」 「柏原 利七」
W5 「五番」
W6 
W7 「七番」
W8 「八番」

***W4***


***



因島 白滝山 釈迦三尊周辺仏南面


44体。

 
 
 



 

古い写真 南面から東面へ。


***S4***


S4LW『村上久兵衛」

***S22***
S22FS「柏原」
*** S23***
S23FS 「川口 仁三衛」

***S24***
S24LW「村上嘉?七」
***S26***
2016.8.2.

2016.8.2.S26RE。「柏原○惣?」

***S28***
2016.8.2.
 2016.8.2.S28RE。
2016.8.2.S28RE。「村上太八良」。



***S30***
右側 不明       前 「金光山 本尊高祖大師 仙龍寺」 左側
「願主 末廣講中 吉○ 弥八  ○○○」 

***S33***
2016.8.2.
S33RE「大 丈 十 六 」??
***S34***
2016.8.2.
2016.8.2.S34RE「青木八 へ 」。
***S35***
2016.8.2.
S35RE。

***S36***
2016.8.2.
2016.8.2.S36LW「青木万四良」。

***S37***
2016.8.2.
2016.8.2.S37RE「青?木嘉?七」。