2015年4月9日木曜日

尾道市因島 因島史

いんのしまみち
697文武元年丁酉 飢饉により備前備中等に賑給、負税免除。(続日本紀)
698文武2年戊戌 備前・安芸国等に顔料を献らせる。(続日本紀)
699文武3年己亥
700文武4年庚子
701大宝元年辛丑 大風、高潮、蝗害。(続日本紀)
702大宝2年壬寅
784延暦3年甲子 備前国小豆嶋の放牧の官牛を長嶋に遷す。(続日本紀)
785
786
787
788
789延暦8年己巳 7月丁卯(27)飢饉により備後國に賑給。(続日本紀)
790
791延暦10年辛未 常荒不用の田を口分田とすることを禁止。(続日本紀)
792
793
794平安遷都
795
796
797
798
799
800
801
802
803
804
805
806
807
808
809
810

900

1000

1100
1200
1221承久3年辛巳 承久の乱。初代地頭釜田兵衛の居城であった中庄・小丸山城並びに地頭屋敷が承久の変後、北条左近将監の所領となる。


1300

1333元弘3年 因島の開発名主・因島本主治部法橋上原祐信(島前住)元弘の変で絶家。その後、今岡通任横領。
1343興国4年康永2年癸未 4月14日。広沢五郎ら堂崎山城落城。
南党大館右馬亮、備後因島城に拠る、是日、北軍攻めて之を逐ふ、尋で、城主広沢五郎降る、

鼓文書、康永2年4月14日(13430040140) 2条。大日本史料、6編7冊613頁
1337建武4年 件庄飛行之刻、為替地(中略)、伊輿國因嶋、雖被寄附之(中略)、因嶋者、遠所亂妨之地、共以有名無實也 東寳記七(広島県編、「広島県史古代中世資料編Ⅰ」、昭和49年、p.488東寳記七)
1377天授3年 霜月15日。信州更級から下向した村上師清、今岡勢を破る。(釣島箱崎浦の合戦)
1400

1500

1544天文13年7月3日。村上文書。大内義隆、備後村上新藏人ニ所領ヲ充行フ、
重井青木城主村上吉充のこと。
1554弘治元年 一、追手の警固、嶋衆〔村上、来島〕も船三百艘計り、戌亥の刻推寄せ申し候、(広島県編、「広島県史古代中世資料編Ⅰ」、昭和49年、p.600万代記 厳嶋合戰記)
1556
1557
1558
1559
1560
1561
1569永禄12年 6代村上吉充、因島全土を掌握し青木城(本城)を築城。本城の控えの要害として白滝観音堂(堂主、常楽院静金)建立。
1577天正5年 島前の長源寺焼失。(以後、中庄へ移り長福寺となる)。
1578
1579
1580
1581
1582
1583
1590
1591
1592
1593
1594
1595
1596
1597
1598
1599
1600慶長5年 柏原土佐守忠安の次子忠親、重井川口に居住。
1601
1602
1603江戸幕府開く。
1604
1605
1606

1610
1620
1630
1635寛永12年 因島8ケ村に分村。重井、中庄、大浜、外浦、鏡浦、椋浦、三津庄、公庄(土生、田熊)。
1640
1650
1670
1680
1683天和3年 重井に琉球芋の種子が配給される。(生口村宮原神主土井助大夫手記)
1700
1750
1781天明元年 柏原伝六生れる。
1800
1805文化2年 伝六25才、2月23日西国三十三番札所参拝へ出発。4月13日帰省。
以後、家業(農業兼木綿問屋)を放り仏道修行に入る。(17年間)
1810
1816文化13年 近隣島々に四国八十八所御本尊を勧進。白滝山頂に祭祀。
1820
1822文政5年 霜月6日伝六42才、後悟達す以後「観音堂一観」と称す。
*古い資料では文政9年(1826)頃「観音堂一観と称す」とあるが、誤解である。
1823文政6年 伝六43才、白滝山観音堂整備、多宝塔建立。
1824文政7年 伝六44才、自画像・書など記す。
1825文政8年 伝六45才、4~5月約50日間、弟子の峯松嘉七(18才)他2名を代行伝導させる。岡山、兵庫、京都、鳥取。一日に500から1000人の加持祈祷をしたという書信が重井に届く。(峯松嘉七は重井正賀屋初代。)
1826文政9年 伝六46才、8月8日。京阪神の信者寄贈なる白衣観音の入仏式挙行。白滝観音堂右側へ安置。
1827文政10年 伝六47才、正月より柏原林蔵が責任者となり石仏工事に着手。記録・勝手方に峰松初五郎が当たる。柏原林蔵は重井町宇根家3代、峰松初五郎は重井町新屋2代。11月釈迦三尊大石仏完成。(山頂広場、北面)
1828文政11年 伝六48才、2月阿弥陀三尊像完成。本土、近隣の島々に伝聞され多数の参拝者で賑わう。3月15日伝六没す。9月伝六墓所に埋葬される。
1830文政13年 林蔵着工以来三年三ヶ月籠山の後白滝山五百羅漢完成。
1834天保5年 重井八幡宮、重井善興寺へ仁王像建立。(寄進者 村上十兵衛、柏原林蔵)
1850嘉永3年 重井村四国八十八カ所霊場建設(伝承)。(重井村四国)

1859安政6年 重井白滝山観音堂再建。

1868明治元年戊辰 神仏分離令により重井八幡宮仁王像、白滝山中腹へ移転。
1869明治2年己巳
1870明治3年庚午
1871明治4年辛未 重井白滝山観音堂、善興寺奥院となる。
1872明治5年壬申 
1873明治6年癸酉 4月重井善興寺内に振徳学舎を設置。教師、沼田良蔵。大師堂に信誠舎を設置。
1874明治7年甲戌
1875明治8年乙亥 8月振徳学舎を重井学校と改称。信誠舎を大師堂分教場と改称。細島に分教場設置。 
1876明治9年丙子
1877明治10年丁丑 2月重井学校、山の神に校舎新築。大師堂分教場を廃す。

1878明治11年戊寅
1979明治12年己卯
1880明治13年庚辰
1881明治14年辛巳
1882明治15年壬午 2月重井学校須越に移転。
1883明治16年癸未
1884明治17年甲申
1885明治18年乙酉
1886明治19年丙戌 重井学校細島分教場を廃す。
1887明治20年丁亥
1888明治21年戊子 重井学校、重井尋常小学校と改称。初代校長森房澄江。
1889明治22年己丑 郷新開に校舎新築。
1890明治23年庚寅
1891明治24年辛卯
1892明治25年壬辰 
1893明治26年癸巳 
重井尋常小学校11月高等科併置。
1894明治27年甲午
1895明治28年乙未
1896明治29年丙申
1897明治30年丁酉
1898明治31年戊戌
1899明治32年己亥
1900明治33年庚子 
重井尋常小学校高等科校舎増築。
1901明治34年辛丑
1902明治35年壬寅
1903明治36年癸卯
1904明治37年甲辰
1905明治38年乙巳
1906明治39年丙午
1907明治40年丁未
1908明治41年戊申
1909明治42年己酉 重井。白滝山に仁王門落慶
1910明治43年庚戌
1911明治44年辛亥 
重井尋常小学校校舎増築。
1912明治45年壬子 重井の大師講連中の発起で因島四国八十八カ所霊場建設。(島四国、新四国)。

明治時代補注。
1912明治45年壬子
松本賢編、「ふるさと三庄」、三庄老青会連合会、昭和59年、p.37に、次のように記してある。明治四十五年(一九一二)因島井の大師講連中の発起で島内八十八所に堂宇を設立し、大師入寂の旧三月二十一日を期して巡拝を始めたのが始まりである。



1912大正元年壬子
1913大正2年癸丑
1914大正3年甲寅
1915大正4年乙卯
1916大正5年丙辰
1917大正6年丁巳
1918大正7年戊午
1919大正8年己未 重井。白滝山庫裏、鐘楼再建。
1920大正9年庚申
1921大正10年辛酉
1922大正11年壬戌
1923大正12年癸亥
1924大正13年甲子
1925大正14年乙丑
1926大正15年丙寅 重井。白滝山道路改修工事。

1926昭和元年丙寅
1927昭和2年丁卯 重井。
伝六一観居士百回忌法要。
1928昭和3年戊辰
1929昭和4年己巳
1930昭和5年庚午
1931昭和6年辛未 重井。西洋館(現・因島ペンション白滝山荘)建築。
1932昭和7年壬申
1933昭和8年癸酉
1934昭和9年甲戌
1935昭和10年乙亥 広島県農事試験場除虫菊試験地設置(重井伊浜)。
1936昭和11年丙子 歌人吉井勇、白滝山に登る。
1937昭和12年丁丑
1938昭和13年戊寅
1939昭和14年己卯
1940昭和15年庚辰
1941昭和16年辛巳
1942昭和17年壬午
1943昭和18年癸未
1944昭和19年甲申
1945昭和20年乙酉
1946昭和21年丙戌
1947昭和22年丁亥
1948昭和23年戊子
1949昭和24年己丑 重井。白滝山梵鐘新調。
1950昭和25年庚寅
1951昭和26年辛卯
1952昭和27年壬辰
1953昭和28年癸巳
1954昭和29年甲午
1955昭和30年乙未 重井。因島白滝公園保勝会設立。
1956昭和31年丙申 白滝山国立公園に指定される。重井小学校子供会全国表彰される。12.20.重井木原間フェリーボート就航。
1957昭和32年丁酉 重井中学校講堂、特別教室落成。
1958昭和33年戊戌
1959昭和34年己亥 重井中学校少年消防隊国家消防本部より表彰される。白滝山上に平和一神和石建立。重井公民館での結婚式始まる。重井農協澱粉工場長崎より馬神新開へ移転。
1960昭和35年庚子
1961昭和36年辛丑
1962昭和37年壬寅
1963昭和38年癸卯
1964昭和39年甲辰
1965昭和40年乙巳
1966昭和41年丙午 重井。白滝山「五百羅漢」市史跡文化財指定。
1967昭和42年丁未
1968昭和43年戊申
1969昭和44年己酉
1970昭和45年庚戌
1971昭和46年辛亥
1972昭和47年癸子 因島市立重井小学校新校舎落成。市制二十周年。
1973昭和48年癸丑
1974昭和49年甲寅
1975昭和50年乙卯
1976昭和51年丙辰
1977昭和52年丁巳 重井。伝六一観居士百五十回忌法要。
1978昭和53年戊午 重井。大東亜戦争慰霊碑建立。
1979昭和54年己未
1980昭和55年庚申
1981昭和56年辛酉
1982昭和57年壬戌
1983昭和58年癸亥
1984昭和59年甲子
1985昭和60年乙丑
1986昭和61年丙寅
1987昭和62年丁卯
1988昭和63年戊辰
1989昭和64年己巳

1989平成元年己巳 白滝フラワーライン開通。百華園開園。
1990平成2年庚午 白滝山。3月滝山林道完成。(滝山は字名)。9月27日市水道山頂まで完成。(工事費約1000万円)。
1991平成3年辛未 9月台風19号により白滝山鐘楼、石仏等被害多数。
1992平成4年壬申
1993平成5年癸酉
1994平成6年甲戌 4月広島県公園整備事業により白滝山山頂に水洗トイレ完成。(工事費1900万円)。
1995平成7年乙亥 10月白滝山鐘楼再建。
1996平成8年丙子
1997平成9年丁丑
1998平成10年戊寅
1999平成11年己卯 白滝山歩道改良工事完成。予防治山事業完成。舞台再建。梵鐘新調。
2000平成12年庚辰
2001平成13年辛巳
2002平成14年壬午
2003平成15年癸未
2004平成16年甲申
2005平成17年乙酉
2006平成18年丙戌
2007平成19年丁亥
2008平成20年戊子
2009平成21年己丑
2010平成22年庚寅
2011平成23年辛卯
2012平成24年壬辰
2013平成25年癸巳
2014平成26年甲午 8月ブルーインパルス来演。9月11月ドラマ「Nのために」重井西港、土生安郷トンネルでロケ。
2015平成27年乙未 4月三庄、土生、田熊の三小学校を統合し因島南小学校となる。校舎は旧土生中学校の施設を改修。鉄筋3階一部二階建て。延べ約4160平方メートル総事業費約14億7200万円。全生徒数396人。村上みどり校長。(中国新聞2015.4.7.)
2016平成28年丙申
2017平成29年丁酉
2018平成30年戊戌
2019平成31年己亥





参考:
因島市重井町文化財協会、「重井町史年表」、1979・6
峯松勅夫編、「重井町史年表(再編)」、重井町文化財協会、平成5年
因島市重井文化財協会、「柏原伝六の一代記」、発行年不明
松本賢編、「ふるさと三庄」、三庄老青会連合会、昭和59年
柏原充正、「重井の電話史談」、昭和58年
「続日本紀 索引年表」、新日本古典文学大系別巻、2000